yahoo!で「制汗剤」について調べると「制汗剤 危険」とか「制汗剤 乳がん」で検索している人が多いことがわかります。
なぜこの言葉で検索する人がいるかというと、脇汗対策で使う制汗剤に含まれるアルミニウムで乳がんになるという説が、2000年以降に欧米で広がり物議をかもしたからのようです。
制汗剤のアルミニウムは、本当に乳がんを引き起こすような、発がん性のある危険なものなのでしょうか?
制汗剤で乳がんになるって本当?
「脇汗を止めるのに長い間制汗剤を使っていると、乳がんになるのか?」という疑問に対して、2016年8月にアメリカ国立がん研究所(NCI)は「制汗剤を使うと乳がんになるという話に科学的な根拠はない」と回答しています。
>>>Antiperspirants/Deodorants and Breast Cancer
NCIの見解は、2014年10月に公開されたアルミニウムの健康リスクについてのシステマティックレビューにもとづくものです。
システマティックレビューというのは、あるテーマに関する数々の研究調査報告を、科学的な正確性、網羅性や手法の妥当性、研究者と研究スポンサーとの利害関係など、さまざまな面から包括的に評価したもので、そのテーマについて最も信頼のおける文献とされているものです。
学術研究の世界では、研究者が違えば同じテーマについて正反対の結論を主張することも珍しくありません。専門家の意見が食い違い議論が紛糾するトピックスには、結局のところどうなの?という疑問が出てきます。
そのようなときに、その時点で科学的に正しいと考えられる解を与えるのが、システマティックレビューの役割です。
NCIが引用したレビューでは「制汗剤のアルミニウムが乳がんになるリスクを高めた、という証拠はなにもない」と述べられています。
NCIが常に100%正しいわけではありませんが、アメリカ市民の健康を守るために政府が巨額の予算をあてて運営している国営の研究機関が、システマティックレビューに基づいて公開している見解は、相当に高い信頼性があります。今後、制汗剤が乳がんになるリスクを高めた、という明らかな証拠が示されない限り、NCIの見解は変更されないでしょう。
制汗剤を使いすぎると乳がんになる、という話は、科学的な根拠の有無をベースにすると、現時点では否定されていると考えていいと思います。
制汗剤のアルミニウムの影響
では、制汗剤が乳がんのリスクを高めるというのは、根も葉もない噂話だったのかというと、そうではありません。
制汗剤の使用と乳がんになるリスクが関係ある、と述べている科学的な文献は実際に存在しています。
2012年1月に公開された、人の乳腺上皮細胞をモデルにしたMCF-10Aという実験用の細胞をつかって行われた塩化アルミニウムの毒性試験では、アルミニウムが活性化したがん遺伝子と同じように、がん抑制遺伝子を急激に活性化させることが観察されています。
>>>Aluminium chloride promotes anchorage‐independent growth in human mammary epithelial cells
研究者は、乳腺上皮細胞に長期的にアルミニウムを接触させ続けると、乳がん発症に何らかの影響を及ぼす可能性を示唆している、と述べています。
2003年12月にEuropean Journal of Cancer(欧州のがん専門誌)に掲載された疫学調査では、437人の乳がん患者に脇毛を剃る習慣、制汗剤の使用、乳がんの発症年齢についてインタビューをした結果をまとめて解析しました。
研究者は、若いうちから脇の処理をして制汗剤を使っている人ほど、若いうちに乳がんに罹りやすい、と主張しています。
2009年12月にBrest Cancer Researchで公開された論文では、長年に渡るイギリスの乳がん患者の調査で、1900年代後半の患者と比較すると、2000年前後の患者が発症した乳がんの位置が乳房外側の上部、脇の下に近い位置にかなり集中していることを指摘しています。
>>>Underarm antiperspirants/deodorants and breast cancer
研究者はこの発症位置の変化を、制汗剤使用の増加と関係している、と述べています。
それぞれの研究調査は、それだけを読めば正しいようにみえます。ただ、専門家の目からみると、これらの論文はツッコミどころが満載だったようです。
たとえば2012年のアルミニウムの毒性試験は、制汗剤のアルミニウムが乳腺上皮細胞に接触し続ける前提でないと、制汗剤に乳がん発症リスクがあることにはなりません。しかし、制汗剤由来のアルミニウムが乳腺上皮細胞に届くことを証明したデータは、今でも存在していないのです。
むしろ、肌につける制汗剤の成分が、身体の中まで浸透していく可能性はほとんどありません。2015年に日本で行われた研究では、肌に塗られた塩化アルミニウム由来のアルミニウムが皮膚表面にとどまることが解明されています。
>>>科研費助成事業 研究成果報告書「多汗症に対する外用治療薬の効果と作用機序の解明」
European Journal of Cancerに掲載された疫学調査は、乳がん患者ではない女性を調査対象にしないという、致命的な欠陥がありました。
研究者の主張を裏付けるには、乳がん患者ではない若い女性が、乳がんになった女性ほど脇毛の処理をしないし制汗剤も使わないことが、明らかにされていないといけません。
でも、この疫学調査は乳がん患者だけしか対象にしなかったので、乳がん患者である女性の脇毛の処理習慣や制汗剤の使用について、世代間の差異を評価した報告書になってしましました。
今の若い人の方が、老齢の婦人よりも早くから脇毛の処理をして制汗剤を使っているのは、時代の流れで当然といえば当然です。この違いをもって「制汗剤には乳がん発症を早めるリスクがある」と主張することにムリがあるのは、ちょっと考えればわかる話ですね。
制汗剤に乳がんになるような発がん性はあるのか
制汗剤に乳がんになるような発がん性がある、とか、制汗剤のアルミニウムには乳がんを発症させる可能性があるので危険だ、という主張の根拠になっている研究調査は、専門家が評価するとそれほど堅牢なものではないようです。
制汗剤が乳がん発症リスクを高める証拠はない、という説は、アメリカがん協会も支持しています。
>>>Antiperspirants and Breast Cancer Risk
アメリカがん協会は1913年に設立された、がん患者の支援、がんに関する調査研究と情報提供を行う非営利団体です。年間予算は約900億円とされていますが、ほとんどの活動資金を企業や市民からの寄付でまかなっています。
上記の声明では、制汗剤の乳がん誘発説に対してさまざまな反論をしているのですが、僕が一番わかりやすかったのは、乳がん患者のがん細胞と、がん細胞周辺の健康な細胞を比較すると、アルミニウムの含有量に差はなかったという観察結果です。
It also doesn’t seem that breast cancer tissue contains more aluminum than normal breast tissue. A study that looked at women with breast cancer found no real difference in the concentration of aluminum between the cancer and the surrounding normal tissue.
出典:American Cancer Society;Antiperspirants and Breast Cancer Risk
どちらにも同じようにアルミニウムが存在しているのであれば、乳がん細胞ががんになったのには、アルミニウム以外の理由があるはずですよね?
まとめ
制汗剤で乳がんになるか?
という疑問に対する、科学的に妥当な見解は「制汗剤を使うと乳がんになるという科学的な根拠は、現時点ではない」という、まわりくどい言い方になります。
存在しないものを存在しないと科学的に証明するのはとてもむずかしいので、こういう表現になりますが、よっぽど直接的な証拠が出てこない限り、制汗剤に乳がんを誘発するリスクがあることにはなりません。
アメリカがん協会は、真相はヤブの中としつつも、アルミニウム入りの制汗剤が乳がん発症リスクを高めるという話を広めたのは、アルミニウムフリーの消臭剤を販売している業界の関係者だという説を、声明の中で紹介しています。
20年近くも前の話なので、今のようにSNS全盛の時代ではありません。噂はメールで拡散したそうです。既存の制汗剤メーカーの売上はかなりの痛手を被って、アルミニウムフリーを標榜する消臭剤が大きく売上を伸ばしました。
もっとも利益を享受したところを疑え、というのは経済事件では捜査の鉄則ですね(笑)
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